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「黒い雨」訴訟原告全員勝訴!何が認められたのか?

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黒い雨と言われてみなさんは何を思いつきますか?

 

私は、原爆が落ちた後にふった雨のことなんだなと思いました。

 

学生の頃、はだしのゲンが学校の図書室にあり、よく休憩時間にそこではだしのゲンを読んでました。

 

そんな原爆に関係した裁判で、一つの判決がでましたので、今回は紹介していきたいと思います。

 

「黒い雨」訴訟原告全員勝訴!

 

以下、引用です。

 

原告全員を「被爆者として認める」。初めての司法判断です。  

 

5年前に始まったこの裁判は、広島に原爆が投下された直後、国が定めた区域の外でいわゆる「黒い雨」を浴びて健康被害が出たとして、住民ら84人が県と市に被爆者手帳の交付などを求めているものです。

 

国が1976年に指定した区域の合理性が主な争点となってきました。

 

29日に広島地裁は「被爆者健康手帳の申請の却下を取り消す」として、原告全員を被爆者として認めました。

 

引用元:https://www.youtube.com/watch?v=pAbFlaZTYeY

 

実は30年以上争っていました

 

この黒い雨裁判は1978年から始まっています。

 

事の発端は、1957年4月に「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」から始まっています。

 

1945年8月に被爆してから12年もほったらかしにされ、ようやくはじまった支援でした。

 

この「原子爆弾被害者の医療等に関する法律」は原爆投下後の黒い雨を受けた人が対象となっていました。

 

その対象となる方は1976年の9月、この降雨したとされる一帯に住んでいて原爆の後遺症にあたる11種類の症状に苦しんでいる方に「第3号被爆者」と認定されるようになりました。

 

ですが、この降雨したといわれる一帯から外れた所で被爆し、いわゆる小雨程度しか降らなかった地域の住民は不満を抱きました。

 

こうして1978年7月、広島医療生協の肝いりで「黒い雨・自宅介護原爆被害者の会」が結成、30人の被爆者が参加しました。

 

最初の運動はどうなったの?

 

まず代表25名は20478人分の署名を厚生省局長に会見、提出しました。

 

地元の共産党の議員も参加していたものの、「原爆被爆者対策の基本理念及び基本的あり方」にある「被爆地域の指定は、科学的・合理的ま根拠のある場合に限定して行うべし」と発表したため、活動は難航しました。

 

その後は?

 

1985年からは、原爆の黒い雨の降雨面積が通常の降雨時の6倍の広さであったことが判明し、活動が活発になりました。

 

このころから黒い雨と人体への影響に科学的根拠にかんして疑問を呈する調査書が出てきたため、それから10年は活動が不鮮明になっていきます。

 

10年たったあるころから、被爆による心理的影響の調査が始まり、第2種健康診断証交付地域が指定されました。

 

この流れを受け、2006年頃に支援の範囲の拡大を要望したものの、2006年8月、国はこの要望が科学的でないと拡大を拒否しました。

 

それからは、原爆による心身への健康影響について、科学的に証明するための調査を続行し、2015年、ついに法廷闘争へとうつりました。

 

裁判は?

 

裁判は健康診断受診証の交付という従来の要求と共に、被爆者と認めるように要求をだしました。

 

そしてこれらの裁判が始まって5年、今回、健康診断受診証の交付と被爆者認定がなされました。

 

健康診断受診証で何は受けられるの?

 

広島市の公式HPにて記載がありました。

 

www.pref.hiroshima.lg.jp

 

第一種健康診断受診者証と同じ内容の健康診断を受けることができます。

 

その健康診断の内容は以下のものとなります。

 

定期健康診断 年2回,市町役場が通知した日時・場所で受ける健康診断
希望健康診断 定期健康診断の外に,受診者の都合のよい時,県が委託している病院などで年2回受けられる健康診断
がん検診 受診者の希望により,年1回,県が委託している病院などへ,電話などで受診日・受診項目についてあらかじめ申込み,受けられる検診
検診項目は,胃がん・肺がん・乳がん・子宮がん・大腸がん・多発性骨髄腫の6項目

 

これらの健康診断が受診できるようになります。

 

これらの健康診断は、すべて自費で補っていたわけですから、ようやく報われたのですね。

 

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